26章 いい加減な契約
「う……ん」
何だろ?体が動かない。お腹に何か置かれてるような。
『ピチョッ』
「へ? あー」
真上からは水滴。
『ポツポツ、ザァァ』
雨かぁ。 降り始めちゃった。でも、音のわりには雨があたってこない。
不思議に思って上を見上げた。でも真っ暗で何がなんだか。
『ブルルッ』
ふえ? 何、この音。
「あれ?」
お腹の上には動物がいた。どうして? 犬か狼なのかは見分けがつかない。
たしか、巨大化した狼と屋敷へ行ってそれからすぐ屋敷が燃えて。
「ウォォ──ン!」
うるさいなぁ。ええと、ここから後が中々思い出せない。
「何だっけ?」
あ、そうだ。人に屋敷の外に投げられて、ピンチになって叫んだら魔法が発動して足場が崩れて。
「思い出した!」
あの高さから落ちてよく生きてたなぁ。この動物も私も。 起きあがろうとして腰に激痛が走った。
「いっ、たぁ」
起きあがろうとしても、起きれない。
「やっぱ無事じゃなかった……」
どうしよう。だれか助けてって言ったって人、来ないだろうしなぁ。
はあ、と私はため息をつく。
「私があなたを助けましょうか?」
この言葉に硬直する事、約数秒。意外と早く私の脳は活動し始めた。
「はいぃぃ??」
だって、さっきの言葉、変!
「大丈夫?」
「え、えと! あのっ!?」
何って言い現せば言いのかな? 言葉が見つからない!
「あなた、記憶はある? 夜中にこの木に落下してきたのよ」
ちょっと待ってください、頭の中に言葉を叩き込んでます。
「山から落ちてくとこまでしか覚えてない」
そういえば足場が崩壊した後気が遠くなっていったのを感じたなー。
「そう。でも落ちてきたのがここで良かったわ。でも今どんな状況かわかってる?」
あれ?でもちょっと待って。もしかして。
「木の上? 此処って」
顔をゆっくりと動かしてみる。首は動かすのに問題なかった。相変わらず狼は私のお腹の上にいて重い。
「うひゃあああっ!」
まさに私の思ったとーり。でもってかなり高い場所。 バランス崩して落ちでもしたら死んじゃう。
でも私のいる所はシングルベットよりは狭いけど、グラつく程でもなかった。
「わかった?」
「ううー。なんでこうもついてないの」
どうしよう。木の上に動けないでずっといるなんて嫌だよ。
「ねえ、取り引きしない? この状況を打開するための」
何それ? あれ、そういえばこの声どこから。パニックしてて今まで気づかなかったけど。
「取り引き?」
「そう。私とあなた、お互いの為のね」
言って姿を現した人は、生きてる人間じゃなかった。
取り引きは、痛みを感じさせない代わりに憑かせて欲しいとのことだった。
“清海は憑かれやすいんだから、霊の言葉に乗っちゃ駄目!”
幼い頃に鈴実に言われた言葉が脳裏を掠めた。悪霊はずるがしこくて一度憑いたらなかなか離れないって。
鈴実の言葉をとって、ずっとこの木の上にいるか。それとも動けるかもしれない可能性に賭けるか。
「私は伝えたいことがあるから。それが叶えば消えるから」
じっと、ひたすら動けない私に目線をあわせて言ってくる幽霊をみて私は自分に問う。
悪霊ならわざわざ私と目線をあわせる? ただ静かに言う?
騙すなら、もっと必死になって手とかばたつかせて表現しようとしないかな。
憑かれやすい体質の人間にわざわざ憑かせて欲しいなんて言う?
鈴実にもらったお守りは、はぐれた時に失って今はないのに。憑こうと思えば憑けるのに。
それに、世の中悪霊ばっかじゃないよね。私は賭けることにした。
あいつを投げた時に地面に落ちた氷の剣が瞬時に燃え盛る炎を消した。
ばあさんのさしがねだったか。まあ、結果無傷ですんだわけだが。
だが炎の中を突っ走っていた魔獣の姿が見つからない。屋敷は全壊した。
地下でもあるのか?
『ドゴッ! ドガガ!』
『うっらぁ、魔獣をなめんじゃないよ! 覚悟してやがれぇぇ』
地中を力づくで進んでるな。魔獣の浅知恵ならあそこまでが限界か。
どこかに入り口はあるだろう。魔獣を囮に俺はじいさんを回収してさっさと帰るか。
だが探すあてがない。俺の目当ても多分もういない。
残ったのは雑魚だけか。相手をするのも面倒でしかならないな。
「出てこい」
この部屋に何かいる。殺気を隠す事はできても狂気までは無理だったか。
もちろんこいつは俺の探してる相手じゃない。あいつは狂気を放たない。
「おやおや。ちゃんと姿は消していたのにねぇ」
奴の声が岩の壁に響き渡る。その為に何処にいるのか探りづらい。
「俺は今、機嫌が悪い」
剣を抜き、地へ突きたてる。出てこないのなら戦うまでもない。
『ゴッ!』
地が裂け俺は更に真下へ落ちた。面倒なのは落ちるだけ落ちてどうするか。
脱出経路でも見つかれば良いが…見つけるまでにまた雑魚を相手にしなきゃならない。
すぐに見つかりそうになければ壊して道を開くまでだが。
「まだ勝負はついてないよ」
馬鹿が。カスを相手にしてやるほど俺は機嫌がよくない。
これだとじいさんは地層深くにに監禁されているな。最上階ではないなら地下というのが相場だ。
「逃がすものか!」
なんだ。追ってきてるのか、あいつ。翼もないくせに挑むとは馬鹿のやることだ。
「ほざいてろ」
襲いかかろうと近づいてきた魔物を切り刻んだ。
せいぜいドラキュラ格だな。
「な、に……?」
ほどなく魔物の体は地に叩きつけられた。大量の鮮血で地を染めながら。
じいさんはあれくらいのやつに捕まるほど弱くない。可能なのは魔帝くらいだろう、今回の黒幕の。
あいつは一体何が目的だ。どうにも気に入らない。
うわー、屋敷が跡形もなく消えてるよ。
「どうやってカースさん見つければいいんだろ?」
屋敷の地下にいるんだよね。どこかに入り口があるはず。平らじゃない所を探せば良いんだ。
『ゴッゴッ!』
「え?」
さっき何か音が聞こえたような。空耳?
『ガリガリガリガリガリ!』
まただ。聞き間違いじゃない。おっきいモグラってわけじゃないよね?
『バコッ!』
地面から現れたのはおっきい狼の顔―!?
怖い! おっきい!
「うひゃぁ──! あ、狼? ちゃんと生きてる?」
なんだ、狼かぁ。もー、顔だけだから生首かと思っちゃった。
『うっらぁ、と。ありぃ、おまえ』
「こんなとこで、何してるの?」
『はりゃっ!? あたしは逆戻りしてただけか!?』
そう言って狼が穴から出てきた。でもどうやって穴開けたんだろ?
「へ、どゆこと?」
まさか自分が上へ掘ってたこと気づいてなかったの?
「根本的なところから間違えてるわ……」
どういうことなの、ミレーネさん? というかどこから声が。
「地下へはあの木の近くの井戸から飛びこまなくちゃ。それ以外地下へは行けないの」
「どうして?」
『は? そりゃもちろんあいつをぶっ倒すためだ』
あれ? ああそっか、狼にはミレーネさんの声聞こえないんだっけ。声に出したら狼はおかしがるよね。
危ない危ない。狼だから良かったけど、ミレーネさんのこと鈴実にバレたらどうなることか。
「真下に掘っていても途中大きな石盤があるの。金属よりも固いわ。だから自然と上に行かざるを得ない」
不思議だなぁ。私は声に出さなくてもミレーネさんに話しかけられるなんて。
「狼ー、あのね。あの井戸から地下にいけるんだって」
『なぁにぃぃぃーーー!?』
死山で狼の叫びがこだました。
『そういうことは最初に言えよっ!』
「そんなこと言われたって」
だって、この情報はミレーネさんが教えてくれたことだし。
「清海ちゃん、行くわよ」
うん。そう返事をして井戸の中に入る前に狼に釘をさしておいた。
「ぐたぐた言ってもしょうがないでしょ?」
『ヒュウウウウ』
『ってかあたしの名前……あ。ああ──!』
ま、いいや。
「この井戸はかなり深いから打ち所を気をつけないと死んでしまうわ」
そっか。でも確か落下速度ってどんどん増すものなんだよね、確か。
『ビュッビュッビュッ』
だったら今から対策をしておかないと。そうでもしないと危ない。
「雲よ我に加護を」
これで落下速度が遅くなるから、多分大丈夫。
『ヒュウウ……ドン!』
「いっ」
たい! 足にすっごい衝撃。勢いづいてよろけちゃった。
でも、不思議とすぐに痛みが引いていった。
「大丈夫? 立てるわよね」
「よっと……やっぱ不思議だなー」
最初、ミレーネさんが憑依した時それまで痛かったのが嘘みたいに治ったんだよね。
すぐに痛みがひいたし、動かしても支障を来たさないのが嘘みたい。
守護霊ってすごいなぁ。
『そーこーをぉ、どっけえええ!』
上から何か落ちてきてる!? 私は大きく後に後ずさった。
「ひゃぁ!?」
『ドン!』
すっごく地面が揺れてる気がするのは気のせい? こう、ガタガタと。
『いってぇ──!』
「あの魔獣は大丈夫だから。私たちは早く行きましょう」
ミレーネさんはそう言った。私は着地にた狼に視線を向けながら聞いた。
「良いのかな?」
狼、もんどり打ってるのに。あれってすごく痛がってる証拠だよね。
「大丈夫かな、動けるの?」
「あれくらいで音を上げてるくらいならまだ元気ってことよ」
「そうかなぁ?」
狼はあっちにゴロゴロこっちにゴロゴロと痛みを紛らわせようと必死なんだけど。
「本当に辛いのなら、声も出せないわよ」
確かにそれも一理あるけどー。
「別に契約してるわけでもないでしょう? ほっといても追いかけてくるわよ」
でも道が分かれてたら狼は迷いそう。さっきだって真上に掘ってたこと気づいてなかったし。
「大丈夫よ。最後は結局、同じ場所にたどり着くんだから」
そういえばどうしてミレーネさんってこの洞窟に詳しいのかな。
『はぁ。すんげー、痛かった。お前よく平気だったな人間のくせに』
まあ、ミレーネさんのおかげ。あと魔法の補助もあったしね。
狼はもんどり打つのをやめて起きあがった。大きな狼の耳がぴくりとした。
「どうしたの? 狼」
『奴がこの山からいなくなりやがった……それとな、あたしゃ狼じゃねえ!』
「じゃあどう呼べばいいの。名前とかあるの?」
狼じゃなくて魔獣っていうのはわかってるけど。
『名前はない。つーか、魔獣に名前なんて必要ねぇ』
「じゃあ良いじゃない」
『あのなぁ、お前人間なのに奴隷って呼ばれたくないだろ?』
「何それ。物の例え方がよくわからないよ」
『あー、ちっ。わかったよ! お前と契約すりゃ良いんだろ!』
「話が飛んでない? 全然見えてこないんだけど」
「魔獣っていうのは契約する時に名前をもらうのよ。勝手に名前でもつけてろってことでしょ」
ふうん。でも契約するほどのことかな?
「無契約で名前をつけられるのは、対等以上の関係だけよ。主でもない者に名をつけられたら、誇りが傷つくの」
よくわからないなー、魔獣の思考って。そういうものなのかな?
「じゃあ、ガーディアでいい?」
『あーあー。それで良い。で、お前の名前は?』
すっごくどうでもよさそうな生返事。
良いの? 自分の名前だよ、一生その名前なのにそんな気軽に。
「清海、だよ」
『我ガーディアは誓う。名を与えし君との契約を。名は清海』
儀式っていうわりにはあっさりしてるなあ。RPGとかだったら契約って重々しいと思うんだけど。
「あれ?」
いつの間にか私の手に指輪があった。
これってもしかして召喚の指輪かな。銀製の、結婚指輪みたいなやつ。
でもよーくみると薄くだけど文字が彫られてある。勿論、この世界の文字で。
『それはあたしを召喚する指輪だ。その指輪をはめてあたしのことを呼びたい時に呼べ』
「うん」
そういえば、話がかなりずれているような。ま、いっか。
「よくないわよ清海ちゃん」
でもミレーネさん、どこに進めばいいのかわからないんだよ?
降りたのは良いけど、袋小路なんだもん。
「そんなことないわ。この空間に幻が満ちてるだけだもの」
つまり、RPGに倣って前に進めって? 三歩前進、正面は岩壁。
「ふぎゃ!?」
は、鼻が痛い……岩にぶつかると思ったらぶつかっちゃったよ!?
『馬鹿だな。手をあてて一周、回ってみろ』
むぅ。ガーディアにバカって言われたくないよ。
「そんなことしなくてもいいわ。あそこを見て」
あそこってどこ?
言われるだけじゃわかんないって。今は憑依状態だからそもそも見えないんだけど。
「十時の方向よ。よく見るとあそこだけ、線が途切れてるでしょう?」
近づいて見てみると、本当に線が途切れている場所があった。でも、それが何?
『あいつが先に行ってるみたいだな。見てな』
狼がするどい鉤爪を地の壁に突きたてようとした。でも刺さらなかった。
不自然な現象が起こったなぁ。つまり幻ってこと?
『ほらな。ここから行けるみたいだぞ』
信じられなくて手をあてようとしたけど、できなかった。そのままするっと体も通り抜ける。
「行きましょう」
覚悟を決めて、狼……じゃなかった、ガーディアと先に進んだ。姿は見えないけど、ミレーネさんも。
中は暗いのかと思ったけど、実際は松明の明かりがあって眩しすぎるくらいだった。
人はいきなりこういうのに慣れるわけじゃないんだよ? 目が痛いなあ。
サングラスをかけよう。少しは楽になるよね。
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